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column・・・001家づくりを指揮する「技術」とは

オーケストラは指揮者が変わるだけで演奏ががらりと変わります。サッカーや野球でも、監督が交代するだけで別のチームのようになってしまうことはよくあります。

これは建築の世界も同じ。かつて、家づくりにおける指揮者や監督は、大工の親方である棟梁でした。「家の善し悪しは棟梁の技量で決まる」といっても過言ではなかったのです。 

だからこそ、家を建てたいと考える人たちは優れた棟梁を探し回ったものです。しかし、今の日本には、指揮者や監督のような役割を担える棟梁は数えるほどしかいません。ほとんどの大工さんたちは「木造施工」を担う職人=プレーヤーであっても、ひとりで家の善し悪しを左右するような仕事はしていないのが実状です。

「こだわりの技術」「鍛え抜かれた大工たち」といった宣伝文句に、カンナをかける大工の姿・・・・・・そんなCMやホームページをよく目にすると思いますが、これらの表現は「棟梁」が重要な役割を担っていた時代の名残。日本人の脳裏に残る「棟梁の記憶」に訴えかけているだけなのです。

大工が指揮者や監督でなく、プレーヤーになったのはいつからでしょうか。法律を基準に考えるなら1950年(昭和25年)に建築基準法ができるまで、ということになります。それまでの棟梁は建築設計士、現場監督、積算者、渉外者、職人、経営者、全ての機能を兼ね備えた偉大な存在でした。しかし、建築基準法が施行されると棟梁の役割は全く変わってしまったのです。

棟梁が担っていた業務の内、設計と現場管理は建築士の仕事となり、職人や材料の手配、精算などは工務店の領分になりました。結果として、それ以前に「棟梁」と呼ばれていた職業はなくなり、大工は木造施工専門の職人になったのです。その後、更に大工の仕事は細分化され、家屋大工、造作大工、家具大工等に枝分かれして、今の大工のほとんどが家の一部だけを担当する木工職人になりました。

つまり、CMで見かける「こだわりの技術」も、「鍛え抜かれた大工たち」も、家の品質を決定づける要素ではなないということ。もちろん、大工の技術は重要です。しかし、1プレーヤーであって、指揮者や監督のような決定力があるわけではないのです。

では、現代の家づくりにおける指揮者や監督とは、いったい誰なのでしょうか。それは建築士。それも、ただデザインができる建築士ではなく、技術や構造を深く理解し、職人たちの施工方法にも精通した建築士である必要があります。

なぜならデザインは平面上の絵であり、それだけでは建築できないから。構造を計算し、延べ1万点にも及ぶ材料を選定し、その施工方法も指示する「技術に強い建築士」こそが、家づくりの指揮を執ることができるのです。

大工の技術以上に重要なのは、「建築士の技術」。この領域が充実している住宅会社は、どんな家でも強く美しく仕上げることができます。逆に、ここが弱ければ、どんなにいい大工を揃えても、デザイン性や品質が高まることはありません。

折角のマイホーム。カタログやホームページ、住宅展示場で「見て選ぶ」だけではつまりません。自分の好みの空間も、使い勝手のいい間取りも、自由にオーダーした方が、断然楽しくなるはずです。

あなたのオーダーがどんなものであっても、「建築士の技術」が高い住宅会社であれば問題はありません。優れた指揮者がタクトを振るように、30を越える業種の職人をまとめ、素晴らしい住まいをつくり上げるはずですから。